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軍歌
露営の歌
東京日々・大阪毎日新聞社懸賞募集当選歌
1937

作詞:藪内喜一郎
作曲:古関裕而

 

1.
勝つて来るぞと勇ましく...
(著作権の都合で以下略。全5番)

 

<備考>

[曲について]
 1937年、支那事変勃発を受け、東京日々新聞と大阪毎日新聞が合同で「進軍の歌」の歌詞を公募しました。

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 審査の結果、第一席に選ばれたのは「雲湧きあがる...」ではじまる「進軍の歌」でした。しかし第二席として、京都市役所勤務の藪内喜一郎の手になる「勝つて来るぞと勇ましく...」の詩が選ばれます。これは、審査にあたった、北原白秋と菊池寛が強く推したからで、「露営の歌」と名づけられて独立の歌とされました。(審査員は全3名で、あとひとりは陸軍省新聞班長の秦彦三郎。)

 菊池寛いわく、「当選作[進軍の歌]は格調が整つてゐるが、味は佳作第一席[露営の歌]の方にあると思ふ。」 北原白秋いわく、「「ここはお国を何百里」を今に甦らせ新しい息吹きを与へたものとして、殊に戦地にある勇士によつて愛唱されると信じます。」[1]

 曲は、「進軍の歌」が戸山学校の軍楽隊が当たったのに対し、「露営の歌」は古関裕而に依頼されました。満洲から呼び戻された古関は、電車の中で新聞に掲載された歌詞をみながら作曲を行ったといわれています。

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 「進軍の歌」と「露営の歌」は、それぞれA面とB面として音盤化され同年8月にコロムビアから発売。一等の「進軍の歌」よりも次席の「露営の歌」が流行し、レコードは爆発的な売り上げを記録しました。

 この軍歌はまた、英訳や独訳もされています[2]

 この流行を受けて、コロムビアでは「続露営の歌」(佐藤惣之助作詞)や「露営の歌」の前奏を流用した「さくら進軍」(西条八十作詞)を発売しましたが、この露営の歌ほどには売れませんでした。

<脚注>
[1]
倉田喜弘 『「はやり歌」の考古学―開国から戦後復興まで』 文芸春秋、2001年、200頁より孫引き。
[2] 八巻明彦 『軍歌歳時記』 ヒューマンドキュメント社戦誌刊行会、1986年、132頁。

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<収録>
・戦前
軍歌戦時歌謡大全集/戦時歌謡1) 中野、松平、伊藤、霧島、佐々木

・戦後
軍歌戦時歌謡大全集/古関裕而作品集) 霧島昇、コロムビア男声合唱団
日本の軍歌(二)) 霧島昇、三鷹淳
軍歌メモリアル) 春日八郎
決定盤!軍歌遺産(評) 藤山一郎
ああ此の涙をいかにせむ) 藍川由美

・演奏
陸軍軍楽隊の遺産) 戸山学校軍楽隊(戦前)

 

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